――わたしとお母さまの共同作業で作ったハンバーグが食卓に並んだのは、夕方六時半だった。 フライパンで表面をこんがり焼いてからグリルでじっくり火を通すのが桐島家流で、そうすることで肉汁たっぷりのジューシーな仕上がりになるのだ。わたしも一つ勉強になった。「――じゃあ、全員揃ったところで」「「「「「いただきます!」」」」」 五人全員がダイニングテーブルに着いたところで、賑やかで楽しい夕食が始まった。「うんめぇ~~! これ、マジでプロ級だって! 店に出しても問題ないレベル!」 調理師免許を持っていて、多分この家ではいちばん味覚が鋭いであろう悠さんがハンバーグの出来を絶賛した。「このソース、マジうまいって。お袋腕上げた?」「それ、わたしが作ったんです。お口に合ったみたいでよかった」「えっ、そうなん!? 絢乃ちゃん天才じゃね!? なあ貢?」「うん。――本当に美味しいです、絢乃さん」「ありがと」 桐島家のみなさんが美味しい美味しいとゴハンを食べながら談笑している光景に交じっていると、わたしもこの家の家族になりたいと本気で思えた。たとえ貢が篠沢家に婿入りしたとしても、この家と親戚関係になることに変わりはないのだ。「やっぱり、みんなでワイワイおしゃべりしながら食べるゴハンは美味しいですね。今日は来てよかった」 みなさんの笑顔を見られるだけで、わたしもお箸が進むのだった。「――じゃあ俺、そろそろ絢乃さんを送っていくから。行きましょうか、絢乃さん」 夜七時半を過ぎ、朝から降っていた雨が小降りになってきた頃、貢がリビングのソファーから立ち上がった。食事の後は、部屋で先に休むと言った悠さん以外はご家族がリビングで思い思いに過ごしていたのだ。もちろんわたしも。「うん。――今日は本当に楽しかったです。お邪魔しました」「こちらこそ、今日は来て下さってありがとうございました。貢のこと、頼みますよ」「またいつでも遊びに来て下さいね。一緒にまたお料理しましょ?」「はい、ありがとうございます。悠さんにもよろしくお伝え下さい。じゃあ、失礼します」 わたしは桐島家のご両親にキチッと挨拶をして、貢と二人でお家を後にした。
* * * *「――あー、楽しかったぁ♪ みなさんいいご家族だね、貢のお家」 帰る道中の車内で、わたしは彼のご実家やご家族のことを褒めちぎった。「貴方はあのお家で、あんなに楽しいご家族に囲まれて育ったからこんなにまっすぐな人になれたんだろうなぁ、ってわたし思ったよ。いい家柄じゃない!」「絢乃さん、褒めすぎです。ウチはごく一般的な家庭で、名家でもお金持ちでもないですよ?」 ご実家のことをあくまでも謙遜する貢に、わたしは思わず笑ってしまった。「……何ですか?」「ゴメン! わたしが言ってる〝家柄〟っていうのはそういうことじゃなくて、ご家族との関係とか家庭環境のことだよ」「ああ……、そういうことですか」「うん。そういう意味では、貴方は人柄も家柄も、わたしのお婿さんとして合格。あとは……貴方自身の気持ち次第だけど。……お母さまから聞いたよ。貴方が過去に、お付き合いしてた女性から裏切られて傷付いたって。それ以来、女性不信になってるって。……つらかったよね」「…………。それで、絢乃さんは泣かれたんですね」「どうして……」「夕食の時、絢乃さんの目が少し赤くなっていたのが気になって」「気づいてたんだ? じゃあ、それを踏まえたうえで貴方に訊くね。貴方は、わたしのことも信じられない? いつか裏切られるって思ってるの?」 わたしは質問しながら、そうじゃなければいいと信じたかった。彼はわたしのことは信頼してくれているはずだ、そうであってほしい、と。 だって、わたしと彼との間にはその時すでに、確かな信頼関係が築かれていたはずだから。「そんなこと、あるわけないじゃないですか。あなたが純粋でまっすぐな女性だって、僕がいちばんよく知ってますから。そんなあなたが僕を裏切るはずないです。ですが……、やっぱり不安になるんです。一度生まれてしまったトラウマは、なかなか消えなくて――」「わたし、貴方の過去なんて気にしない。過去なんて関係ないから」 彼の必死な言い分を、申し訳ないと思いながらもわたしは遮った。「確かに、貴方は過去の恋愛でつらい思いをして、心に大きな傷を負ったのかもしれない。でもね、貢。わたしはこれからの貴方の笑顔を守りたいの。わたしが貴方のトラウマなんてなかったことにしてあげる。だから、わたしを信じて前を向いてほしい。一緒に前に進もう?」 ……さて
「というか、むしろ大好きです。絢乃さんのお節介は押しつけがましくないので」「…………あ、そう」 お節介を「大好き」って言われても……。わたしはリアクションに困った。「でも、本当に僕でいいんですね? 後悔しませんか?」「うん。わたしは貴方だからいいの。あの夜、もし他の人に助けられたとしても、わたしはきっと別の形で貴方と恋に落ちてたはずだよ。わたし、貴方との出会いは運命だったって信じてるから」「絢乃さん……、ありがとうございます。僕もそう信じたいです」「うん、信じて!」 これでまた、彼との関係が少し前進した気がした。「――ところで絢乃さん、修学旅行ってどちらまで行かれるんですか? 今月下旬でしたっけ?」 ホッとひと安心したところで、貢がまったく別の話題を持ち出した。「うん。行き先は韓国だよ。二泊三日でソウルと釜山(プサン)を回るんだって。ちなみにわたし、韓国語もペラペラだから♪」「えっ、そうなんですか? でもいいなぁ、韓国……。楽しんできて下さいね。僕のお土産のことは気になさらなくていいですから」「うん♪ LINEで写真いーっぱい送るから、楽しみにしててね」 わたしの気持ちはすでに、海の向こうでの楽しい修学旅行まで飛んでいたけれど。わたしたちの絆を試そうとする試練は二人の知らない間に水面下で動き始めていたのだった。
――わたしと貢の二人が結婚に向けてゆっくりと動き始めた夏は、短くもゆったりと過ぎていった。 その間にわたしは韓国での修学旅行を目いっぱい楽しんできたし、夏休みの間には貢と二人で夏季休暇を利用して、出張という名目で一泊二日の神戸旅行もした。母から「十月に新規開業する篠沢商事の神(こう)戸(べ)支社を視察してきてほしい」という命を受け、「ついでに二人で観光でもしてらっしゃい」ということでそうなったのだ。 もちろん、名目はあくまで〝出張〟だったので、ホテルの部屋はふたり別々のシングルルームだったけれど。視察が早く終わったので神戸の市街地で夕食に美味しいものを食べたり、二日目には観光名所をあちこち回ったりもできて、仕事としてもプライベートの旅行としても充実した二日間になった。 もしかしたら、彼との関係も一歩前進するかなぁなんて勝手に期待していたけれど、それは残念ながらこの旅では叶わなかった。それは、わたしが「待った」をかけたせいでもあったけれど。でも、たとえ体の繋がりがなくても、わたしと貢の心はちゃんと繋がっているから大丈夫だと思えた。わたしは彼を愛していて、彼もわたしのことをちゃんと大切に思ってくれているならそれで十分だった。 貢はその頃から、わたしの知らないところでキックボクシングを始めていた。最初は悠さんから聞かされたのだけれど、知らない間に貢の体つきがカッシリしてきたなぁと思っていたら、まさか運動オンチの彼が格闘技を習っていたなんて。 彼は彼なりに、わたしを守りたいという想いで始めたことらしかった。 そして季節は秋になり、わたしが貢と出会ってから一年が経とうとしていた頃、わたしは里歩や唯ちゃん、貢の勧めもあってやっとSNSを始めた。「経営者には発信力も重要だよ♪ 時代の波に乗っかんなきゃ」というのが親友二人の共通認識であり、貢もそれに賛同した。 わたしは始めたばかりのSNSを活用して、自分自身や篠沢グループのことを大々的に発信していった。インスタグラムではわたしの私生活の様子や、貢のために作ってあげたお料理やスイーツの写真を投稿して、「セレブ=世間とはかけ離れた世界」というイメージを払拭(ふっしょく)しようとした。その一方で、X(エックス)では秘書である貢や社員のみなさんにも協力してもらい、篠沢グループの企業概要や会社の様子、どういう事業に取り
「どうしたの、里歩? そんなに慌てて」「だから大変なんだって! アンタもスマホでX開いてみて! ほら今すぐ!」「う……うん、分かった」 何が何だか分からないままアプリを開き、彼女の言うキーワードで検索すると、トップに表示された記事にわたしは茫然となった。「ちょっと何これ!? わたしと貢の2ショットだ。しかもこのアングル、まさか隠し撮り!?」「みたいだね。顔はハッキリ写ってないけど、全体の雰囲気で何となく誰だか分かるっていうギリギリのアングルで撮られてる。これはちょっと悪質だわ」 里歩もすぐ横で眉をひそめ、低く唸った。これは相当怒っているなとわたしも感じたし、それはわたし自身も同じだった。 記事そのものを読んでいくと、こんな悪意に満ちた内容が投稿されていた。〈篠沢グループ会長のスキャンダル発覚! 隣に写ってるのは彼氏か!? 大してイケメンでもないのに逆玉を狙った不届き者! 男のシュミ最悪!! #この男見つけたら制裁 #この男は社会のゴミ 〉 ……「何なのこれ……。誰がこんなひどい投稿を……」 しかもその投稿のコメント欄はすでに炎上していて、おびただしい数の拡散までされていたのだ。あまりの憤(いきどお)りに、スマホを持つわたしの手がブルブル震えた。 葬儀の日、父のことを散々コケにした親族にさえ、これほど強い怒りを覚えなかった。それは、彼らがわたしの目の前で言いたい放題言っていたから。確かに腹は立ったけど、「ああ、この人たちは所詮この程度の人間なんだな」と思えば諦めもついた。でも、この時は違った。目に見えない人からの悪意ほどおぞましいものはない。「……この書き込みしたの、男みたいだね。絢乃、このアカウントに心当たりある?」「ううん、見たこともないアカウント。だいたいわたし、男の人に恨まれる憶えなんて……」「だろうね。じゃあ桐島さんはどう? アンタにはなくても、桐島さんが誰かから恨まれてる可能性はあるんじゃないの? っていうかこの投稿、明らかに彼に悪意の矛先(ほこさき)が向いてるし」「あ……、確かにそうだね。でも、どうなんだろ……? 彼だって人から恨まれるような人じゃないと思うけど」「あーーーっ! この服装、豊洲のららぽーとで会った時のだよね!?」 いつの間にか目の前に来ていた唯ちゃんが、写真に写るわたし
「うん……、確かに」「唯、これ書いた人分かっちゃったかも」「「えっ!?」」 わたしと里歩は同時に驚きの声を上げ、ドヤ顔の唯ちゃんを見た。「小坂リョウジさんだよ、多分。あの日、あそこで映画の舞台挨拶やってたでしょ?」「あ……!」 確かに唯ちゃんの言ったとおり、彼はちょうどあの日、主演映画の舞台挨拶をするためにあの場所に来ていた。「うん。でね、空き時間にショッピングモールの中をうろうろしてる時、たまたま桐島さんと一緒に歩いてる絢乃タンを見かけて写真撮ったんだよ」「ちょっと待って、唯ちゃん。小坂リョウジがそんなことした理由は?」 名探偵ぶりを発揮していた唯ちゃんに、里歩が水を差した。「絢乃タンにフラれたから。だしょ、里歩タン?」「……まぁ、そんなこともあったけど。だからってそれくらいの理由で絢乃のこと逆恨みするかなぁ?」「う~ん、それは唯には分かんない」 にゃはっ☆ と笑いながら答えた唯ちゃんに、わたしたち二人はのめった。「…………っていうか里歩、恨まれてるのは貢の方じゃなかったっけ?」「あ、そうだった。でも、これってホントに小坂リョウジのアカかなぁ? ちょっと待って……。あったよ、公式アカ。でもユーザー名が全然違うね」 里歩は自分のスマホで小坂さんのアカウントを検索したらしく、ヒットしたアカウントには公式であることを表す青い認定マークがついていた。「ってことは、裏アカか成り澄まし? どっちにしても悪質だよね。……一応、サポートセンターに荒らし(スパム)行為で通報した方がいいかな」「うん。でも、多分通報してもキリがないと思うよ。こういうアカはウジャウジャ増殖するから」「ぞっ、増殖……?」 里歩の指摘に、通報メールを送信し終えたわたしはゾッとした。そんなの、おぞましい以外の何ものでもない!「そうならないためにも、まずはこの書き込みがホントに小坂さんのアカから発信されてるのか突き止めなきゃだよね。多分、かなりハードル高いと思うけど」「そうだよね……。もし裏アカウントなら、海外のサーバー経由で作られてるかもしれないもん。そこから先を辿るのはちょっと難しそう。そういうのを調べてくれる、専門の調査会社とかないのかなぁ。ネット犯罪とか、そういう問題に特化してるような」 わたしは頭を抱えた。篠沢グループの中にも調査会社はあるけれど、そこま
オフィスへ向かうレクサスの助手席で、わたしはため息ばかりついていた。「――会長、今日は元気ないですね」 そんなわたしの様子を気にかけ、運転席から貢が労わる言葉をかけてくれた。「うん、まぁ……ね」「もしかして、会長もご覧になったんですか? Xの、あの書き込み」「…………もしかして、貴方も見たの?」 彼はわたしの長い沈黙を肯定と受け取ったらしく、「やっぱりそうでしたか」と頷いた。「はい。僕だけじゃなくて、お母さまもご一緒に。お母さま、もうカンカンでしたよ。『今すぐ阿佐間先生に連絡して! こんなヤツ、訴えてやる!』って鬼の形相で。〝怒り心頭に発する〟ってこういうことなのかと思いました」「へぇ……」 もしくは〝怒髪天を衝く〟も可だろう。……それはさておき。「……何か責任感じちゃって。ごめんね、桐島さん。わたしのせいで、貴方がこんな目に遭うなんて」「会長が責任を感じられることはないでしょう。僕なら大丈夫ですから。あんな誹謗中傷、痛くも痒くもないですから」「え? ホントに大丈夫なの?」「ええ、本当です。僕のメンタルが強いことは、会長がよくご存じのはずでしょう?」「…………そうでした」 わたしは思い出した。入社二年目からのハラスメント地獄を、彼はずっと耐え抜いてきたのだ。精神的にタフでなければ、彼はとっくに会社を辞めていたはずである。「それに、僕は自分のことよりあなたのことの方が心配です。もしかしたら、あの投稿を目にした時にご自身のことのように心を痛められたんじゃないかと。お父さまのご病気が分かった時もそうでしたもんね」「……うん」 わたしがよく知っている彼は、大好きな彼はそういう人だ。いつも自分のことよりわたしや他の人のことを考える。わたしに元気がない時や、落ち込んでいる時にはちゃんと気にかけてくれる、優しい人。お嬢さまのわたしにも、打算抜きで接してくれる純粋でまっすぐな人だ。「桐島さん、わたし無性に腹が立ったし、それと同時に怖くなったの。相手が見えないのをいいことにして、あんなに他人に悪意を向けられるものなのか、って。でも、同時にこうも思った。こんなことをした人を絶対に許さないって。わたし、貴方を守るって約束したよね? だから、誹謗中傷犯を絶対に見つけて、貴方に謝罪させるから。わたしを敵に回したこと、絶対に後悔させてやるんだから!」
「心配してくれてありがと。貴方はホントに優しいね。でも大丈夫! そんなに危ない橋は渡らないから。……多分」「多分? 多分って何ですか多分って」「何でもないよー。さあ、今日も頑張ろう!」「……はーい」 彼からの鋭いツッコミを見事にスルーして、わたしはごまかすように彼の肩をポンと叩いた。 * * * * ――その日の夕食後、自室で学校の予習復習を終えたわたしは、ふと思い立って机の上のノートPCを起動させた。 ネット犯罪や、SNSでの嫌がらせなどの調査に特化した調査会社はないものか――。それも、正規のルートでは特定できないようなことまで独自のルートで調べ上げてしまえるような。 検索エンジンに「調査会社 ネット関係」というキーワードを打ち込み、エンターキーを叩くと数多くの業者がヒットしたけれど、そこからさらに「独自ルート」というワードで絞り込むと、いくつかの会社や個人事務所だけが残った。「……あ、ここなんかいいかも」 わたしがそこで目をつけたのは、新宿にある一軒の個人事務所。WEBサイトのPRコメントには「独自のコネクションを駆使して、警察にも特定できないありとあらゆるネットトラブルの原因を特定します!」と強気な内容が書かれていて、興味をそそられた。 サイトにアクセスすると、そこは一組の男女だけで切り盛りしている零細企業らしく、所長さんは元警視庁捜査一課の警部補だったという、元刑事さんの事務所なのに、堂々と警察組織にケンカを売っているのが何だか面白いなと思った。「まずはお気軽に、相談内容をメールで送って下さい」とあったので、サイトに記載されているメールアドレス宛てに相談したい内容を送信した。連絡先を書き込んでおけば、後から直接電話がかかってくるらしい。『サイトを拝見しました。わたしは篠沢絢乃と申します。 実は、わたしの大切な人が現在、Xで誹謗中傷の被害に遭っています。それはすでにかなり拡散されているようで、彼のプライバシーを特定しようとする動きもあるみたいです。犯人は裏アカウントを使っているようで、警察や他の調査会社では特定するのが難しそうです。 この件での調査を、ぜひそちらでお願いできないでしょうか。わたしはどうしても、彼を助けたいんです。 このメールを読んで頂けたら、連絡をお願いします。詳しいお話は電話でさせて頂こうと思います。携帯
「貴方は出会ってから、わたしに色んなことを教えてくれたよね。パパの余命を前向きに捉えることとか、悲しい時には思いっきり泣いていいんだってこと、緊張した時のおまじない、それから」「えっ、そんなにありましたっけ?」 彼はここで驚いたけれど、わたしがいちばん伝えたい大事なことはこの先だ。「うん。……それから、恋をした時の喜びとか苦しさも、わたしは貴方から教えてもらったの。だから、この先もずっと貴方に恋をし続けていくよ」「はい。僕も同じ気持ちです。あなたに一生ついて行きます」「だから、それって花嫁のセリフだってば」 わたしはまた笑った。「――絢乃、桐島くん。式場のスタッフが呼んでるわよ。『そろそろフォトスタジオにお越し下さい』って」 控室のドアをノックする音がして、オシャレなパンツスーツを着こなした母が一人の中年男性を伴って入ってきた。「はい、今行きます! ――絢乃さん、では僕は先に行っていますね。フォトスタジオでお待ちしています」「うん、分かった。また後でね」 控室を後にする彼を振り返ったわたしは、母と一緒に立っている人物に目をみはった。 父に顔はよく似ているけれど、父より少し年上の優しそうな紳士――。「やぁ、絢乃ちゃん。久しぶりだね。結婚おめでとう」「聡一(そういち)伯父さま……」 それは、アメリカから帰国した父方の伯父、井上聡一だった。伯父にも招待状を送っていて、出席の返事はもらっていたけれど、どうして母と一緒に控室を訪ねてきたのかは分からなかった。「今日は、来てくれてありがとう。……でも、どうしてわざわざ控室まで?」「加奈子さんに頼まれたんだ。源一の代わりに、絢乃ちゃんと一緒にバージンロードを歩いてほしい、って。私は父親じゃないが、君の親族であることに変わりはないからね」「…………伯父さま、ありがとう……。パパもきっと喜んでくれてるよ……」 伯父の優しさが心に沁みて、わたしは感激のあまり泣き出してしまった。「あらあら! 絢乃、泣かないで! せっかくキレイにメイクしてもらったのに崩れちゃうわ」「うん、……そうだね。こんな顔で行ったら貢がビックリしちゃうよね」 慌てる母に、わたしは泣き笑いの顔で頷いた。 その後母に呼ばれたヘアメイク担当のスタッフさんにお化粧を直してもらい、わたしはウェディングプランナーの女性に先導され、母
彼はブルーのアスコットタイを結んでいる。これは「サムシング・ブルー」になぞらえたらしいのだけれど……。「貢……、それって新婦側の慣習じゃなかったっけ?」 わたしは婿を迎え入れる側だけれど、とりあえずこの慣習を取り入れてイヤリングと髪飾りをブルーにした。でも、新郎側がこれを取り入れるなんて聞いたことがない。「まぁ、そうなんですけどね。僕も気持ちのうえでは嫁(とつ)ぐようなものなので」「……そっかそっか。まぁいいんじゃない? 今は多様性の時代だしね」 何も古くからのしきたりに囚(とら)われることはないのだ。これがわたしたちの結婚の形、と言ってしまえばそれまでなんだから。「ところで貢、知ってた? ママがこれまで断ってきた、わたしの縁談の数」「いいえ、僕は聞いたことありませんけど。……どれくらいあったんですか?」「聞いて驚くなかれ。なんと二百九十九人だって!」「えっ、そんなにいたんですか!? 逆玉狙いの男性が」 彼はわたしの答えを聞いて、愕然となった。彼の解釈は間違っていない。「ママね、わたしが小さい頃からずっと言ってたの。『絢乃には、本心から好きになった人と幸せを掴んでほしい』って。よかったよー、貢がその中に入らなくて」「そうですね。これが絢乃さんにとって、いちばんの親孝行ですよね」「うん。わたし、貢となら絶対に幸せになれると思う。やっぱり、貴方とわたしとの出会いは運命だったんだよ。貴方に出会えて、ホントによかった」「僕も、絢乃さんに出会えてよかったです。もう二度と恋愛なんてゴメンだと思ってましたけど、そんな僕をあなたが変えて下さったんです。ありがとうございます」 こうして向かい合って、お互いに感謝の気持ちを伝え合えるってステキなことだとわたしは思う。この先もずっと、彼とはこういうステキな夫婦関係を築いていきたい。「絢乃さん、こんな僕ですが、末永くよろしくお願いします」「……何かそれ、もう完全に花嫁さんのセリフだよね」 思いっきり立場が逆転しているなぁと思うと、わたしは笑えてきた。「でも、わたしたちって最初っから一般的なオフィスラブと立場が逆転してるんだよねぇ」「……まぁ、確かにそうですよね」 貢もつられて笑った。今日みたいないいお天気の日には、笑顔での門出が似合う。梅雨の時期なのに今日は朝からよく晴れていて、絶好の結婚式日
――こうして、わたしと貢の関係は恋人同士から婚約関係となった。ちなみに、あの騒動のおかげでわたしたちの関係は世間的に公になったのだけれど、これは喜ぶべきだろうか? 真弥さんはあの日撮影した映像を、自分のアカウントでもXにアップしていて、その投稿は見る間に拡散したらしい。〈彼氏登場! いきなりハイキックとかカッコよすぎww〉〈彼氏、ヒーローすぎてヤバい〉 などなど、称賛のコメントと共に思いっきりバズっていた。 去年のクリスマスイブは彼と二人きりで過ごし、婚約指輪はそこでクリスマスプレゼントとして彼からもらった。小粒のダイヤモンドがはめ込まれたシンプルなプラチナリングで、多分価格もなかなかのものだったはず。彼の男気を感じて嬉しかった。 誕生日にもらったネックレスとともに、この指輪もわたしの一生の宝物になるだろう。 その夜は彼のアパートに泊まり、彼の小さなベッドの上で一緒に朝を迎えた。わたしの後から起きてきた彼と目を合せるのが照れ臭かったことが忘れられない。でも、それが結婚生活のリハーサルみたいに思えて、心躍ったのも確かだ。 三月の卒業式には、母と一緒に貢も出席してくれたので驚いた。母の話によれば、その日は一日会社そのものをお休みにしたんだとか。会長の新たな出発の日だから、社員一丸となってお祝いするように、と。「ママ……、何もそこまでしなくても」と呆れたのを憶えている。 四月最初の日曜日、両家顔合わせの意味も込めて我が家で食事会をした。料理は専属コックさんと母、わたしと史子さんで腕によりをかけて作り、デザートのイチゴのシフォンケーキもわたしが作った。桐島さんご一家のみなさんも「美味しい」と喜んで、テーブルの上にところ狭しと並べられた料理を平らげて下さった。 そこで、わたしと貢は驚くべき事実を知った。なんと、悠さんがお付き合いしていた女性と授かり婚をしたというのだ! 顔合わせの席にはその奥さまもお見えになっていて、お名前は栞(しおり)さんというらしい。年齢は貢の二歳上で、悠さんが店長を務められているお店の常連客だったそう。そこから恋が始まり、お二人は結ばれたというわけだった。……ただ、順番が違うんじゃないだろうかと思うのは考え方が古いのかな……。 そこから彼が我が家で同居することになり、二ヶ月が経ち――。 本日、六月吉日。愛する人と二人で選
「――絢乃さん、僕、覚悟を決めました。あなたのお婿さんになりたいです。僕と結婚して下さい。お父さまの一周忌が済んで、絢乃さんが無事に高校を卒業して、そうしたら。……で、どうでしょうか」「はい。喜んでお受けします!」 彼からの渾身のプロポーズに、わたしは喜び全開で頷いた。エンゲージリングはまだなかったけれど、気持ちのうえではもう、二人の結婚の意思は確固たるものになっていた。 思えば初めてわたしの気持ちを彼に伝えた時、子供っぽい告白になってしまった。でも今なら、彼にとっておきの五文字で想いを伝えられるだろうか。あの時から少し大人になったわたしなら……。「貢、……愛してる」「僕も愛してます、絢乃さん」 わたしたちは熱いハグの後、長いキスを交わした。「――ところで、絢乃さんは高校卒業後の進路、どうされるんですか? 僕、まだ教えて頂いてないんですけど」 帰り道、彼が器用にハンドルを切りながらわたしに訊ねた。……おいおい、今ごろかい。「わたしね、大学には進学せずに経営に専念しようと思ってるの。やっぱり好きなんだよね、会長の仕事とか会社が」「……なるほど」「ママは最初、大学に進んでもいいんじゃないか、って言ってくれたんだけど。最後には折れてくれたの。わたし、これまでよりもっともーっと会社に関わっていきたいから」「加奈子さん、絢乃さんに甘々ですもんね」「うん、まぁね。ちなみに、里歩は大学の教職課程取って、高校の体育教師目指すんだって。唯ちゃんはプロのアニメーターを志して、専門学校に進むらしいよ」 卒業後の進路はバラバラでも、わたしと里歩、唯ちゃんとの友情はこれから先も変わらない。きっと。
「――改めて、貴方には心配をおかけしました」 わたしはいつもの指定席である助手席ではなく、後部座席で彼に深々と頭を下げた。「ホントですよ。あれほど無茶なことはするなと言ったのに。ヘタをすれば、絢乃さん、アイツにケガさせられてたかもしれないんですからね?」 彼はまだご立腹のようだった。でも、それはわたしのことが本当に心配だったからにほかならない。「だーい丈夫だって。そのためにあの頼もしいお二人にも協力してもらったわけだし。いざとなったらボディーガードをしてもらうつもりで――。まあ、結局は貴方に助けられたわけだけど」「イヤです」「…………は?」 彼に唐突に話を遮られ、わたしはポカンとなった。「イヤ」って何が?「あなたが他の人に守られるなんて、僕はイヤなんです。あなたを守るのは僕じゃないとダメなんです。……すみません、ダダっ子みたいなことを言って」「ううん、別にいいよ。貴方の気持ち、すごく嬉しいから」 むしろ、ダダっ子みたいな貴方が可愛くて愛おしくて仕方がないんだよ、とわたしは目を細めた。「でも、今日ほどわたしは貴方に守られてるんだなって思ったことはなかったかも。ホントにありがと」 わたしはいつも、自分が彼を守っているんだと思っていた。でも、時々こうやって自分を顧(かえり)みずに無茶なことをしでかすわたしを助けてくれているのは貢だった。それは秘書としても、彼氏としても。「わたし、いつもこうやって貴方のことを助けてるつもりでも、結局のところは貴方に助けられてるんだね」 父の病気が分かってショックを受けた時、父が亡くなった時、親族から心ない罵声を浴びせられた時。それから会長に就任した時もそうだった。彼はいつもさりげなく、わたしの心の支えとなってくれていたのだ。彼の優しくて温かい言葉に、わたしはどれだけ救われてきたか分からない。「今ごろ気づかれたんですか? 僕の大切さが」「……うん、ごめん。でもありがと」「それにしても、僕を守るなら他に方法くらいあったでしょう? あえて僕と離れて、中傷の目を遠ざけるとか」「それは、わたしがイヤだったの。たとえ貴方を守るためでも、貴方と離れるなんてダメだと思った。だったら、一緒にいながら貴方を守る方法を取った方がいい、って。……まぁ、その分お金はかかったし、ちょっと危ない橋も渡っちゃったけど」 傍から見れば
――作戦は無事成功したものの、わたしは何だかワケが分からなかった。わたしもまたドッキリにかけられたような気持ち、というのか……。「……どうして貢がここに? 打ち合わせでは、あの場で登場するのは内田さんだったはずじゃ」「ああ、内田さんから連絡を頂いたんです。今日、絢乃さんが危ない目に遭うかもしれないから、新宿駅前に来てほしい、って」「相手が激昂してる時に、見ず知らずの男が現れたら事態が余計に悪化するかもしれないと思ってな。ここは格闘技を習得した彼氏に花を持たせてやった方がいいかな、って」「内田さん、そういうことは事前に教えておいてくれないと。わたしをドッキリにかけてどうするんですか!」 そういう問題じゃない気もしたけれど、わたしはとにかく一言抗議しないと気が済まなかった。「悪い悪い。でも、桐島さんが間に合ったんだからよかったじゃん」「そうですよ! 僕が間に合ったからよかったですけど、下手したら絢乃さん、本当に危ないところだったんですからね!?」 彼が怒っているのは、わたしのことを本気で心配してくれていたからだ。だからわたしは叱られているのに嬉しかったし、自分の無謀な行動を猛省した。「……ごめんなさい」「でも、無事でよかった……。本当によかった」 彼は深いため息をつくと、ここが公衆の面前だということもお構いなしにわたしをギュッと抱きしめた。「ちょっ……、貢……?」 彼はわたしを抱きしめたまま震えていた。泣いてはいないようだったけれど、それだけでわたしへの心配がどれくらいのものだったかが伝わってきた。 わたしは彼の背中に手を回し、そっと背中をさすった。父の葬儀の日、泣けなかったわたしに彼がそうしてくれたように。「ごめんね、貢。心配かけちゃって、ホントにごめん。……でも、心配してくれてありがと。もっと他に方法はあったはずなのにね。わたし、これくらいの方法しか思いつかなくて」 路上で抱き合っていると、周りが何だかザワザワと騒がしくなってきた。「……とりあえず、クルマに乗って下さい。話はそれからです」「そう……だね」 これ以上のイチャイチャは人目が気になるので、わたしたちは彼のレクサスへと移動することにした。「じゃあ、あたしたちもこれで撤収しまーす♪ あとはお二人でどうぞ♪」「絢乃さん、オレたちこれで五十万円分の働きはしたよな?」
何が起きたのか分からずパニックになっていたわたしを庇うように立ちはだかり、小坂さんにハイキックを一発お見舞いした。「ハイキック、初めて当たった……」 「…………!? な……っ」 一瞬で吹っ飛ばされた小坂さんは、この状況が吞み込めないらしかった。 わたしも呆然となっている場合じゃなかったと気を取り直し、強気な顔に戻った。「真弥さん、今の撮れた?」「はいは~い♪ もうバッチリ」 わたしが目配せすると、建物の陰からスマホを構えた真弥さんと、その後ろに控えていた内田さんが姿を現した。「アンタの裏アカ、あたしが乗っ取っちゃいました☆ 今ねぇ、この様子の一部始終が全国のアンタのファンに垂れ流されてんの。これでアンタ、俳優としても終わったねぇ。はい、ご愁傷さま」「小坂さん、貴方はこれまでにどれだけの女性を弄んで傷つけてきたんですか。女性だけじゃない。わたしの大切な人まで晒しものにした! 貴方、人の気持ちを何だと思ってるんですか! わたし、貴方のことを絶対に許しませんから!」「あんた、どうせ逆玉狙って絢乃さんとお近づきになりたかっただけでしょ? もうバレバレ。甘いんだよ、その考えが」 せせら笑うようにそう言って、真弥さんが腰を抜かしている小坂さんを見下ろした。「わたしは正式に、貴方を名誉毀(き)損(そん)で訴えます。顧問弁護士にはもう、訴訟を起こす準備を整えてもらってるので。ちなみに貴方、事務所をクビになってて後ろ盾はなくなったんですよね? というわけで、訴える相手は貴方個人です。覚悟しておいて」 わたしは次の一言で、彼に完全にトドメを刺した。「この件で、貴方は完全に社会から抹殺されるでしょうね。ご愁傷さま。女をなめるのもいい加減にして!」 この後パトカーが到着し、小坂さんは警察へ連行されていった。前もって内田さんが通報していたのだ。 こうしてイケメン俳優への反撃作戦は幕を下ろしたのだった。
「わたしの親友が貴方のファンなんです。五月に豊洲で主演映画の舞台挨拶なさってたでしょう? 彼女、部活があったから行けなくて残念~って言ってました」 これも真赤なウソっぱちだ。里歩はその頃とっくに彼のファンを辞めていたので、行きたがるわけがないのだ。「へぇ、そうなんだ? 嬉しいなぁ」「豊洲っていえば、ちょうどあの日、わたしもあのショッピングモールにいたんですよ。彼氏と二人で。偶然ですねー」 わたしは彼が気をよくした手ごたえを得ながら、ちょっと強気にカマをかけてみた。「へ、へぇー……。すごい偶然だねぇ。っていうか君、彼氏いるんだ? もしかして、撮影の時に一緒にいたあの男?」 彼は平然を装っていたけれど、明らかに動揺していた。わたしはこんな言葉使わないけれど、里歩や真弥さんなら「ざまぁ」と言うところだろう。「ええ。八歳年上の二十六歳で、わたしの秘書をしてくれてます。お金持ちの御曹司っていうわけじゃないですけど、すごく優しくて頼りになるステキな人です。実はわたしたち、結婚も考えてて。でも彼は決して逆玉狙いなんかじゃなくて、わたしのことを本気で大事に想ってくれてる人なんですよ。わたしも彼のこと、すごく大切に想ってます」「へぇ…………。じゃあ、なんで君は今日、俺を誘ってくれたの? そんな挑発的なカッコして、コロンの匂いまでさせて。……もしかして、俺を誘惑しようとしてる? 彼氏から俺に乗りかえるつもりとか」 この人、どこまで自分大好きなんだろう? きっと今までも、こうやってどんなことも自分に都合のいいようにしか考えてこなかったんだろう。「まさか」 わたしは鼻で笑い、彼をどん底に突き落とす宣告をした。「貴方が、その大事な彼を貶めるようなことをしたから、反撃しに来たんです。貴方が裏アカまで作って、彼に嫌がらせをしてきたから。わたしが分からないとでも?」「……っ、このアマ……」「ちゃんと調べはついてるんですよ。だからわたし、逆にそのアカウントを利用しようって考えたんです。貴方の本性を、ファンのみなさんにさらけ出すために。こうやって誘い出せば、プレイボーイの貴方のことだから食いついてくれるだろうと思って。でもまさか、こんなにホイホイ誘いに乗ってくるなんて思わなかった!」 ここまで上手く引っかかってくれるなんて思っていなかったので、わたしは笑いが止まらなくな
――わたしと〈U&Hリサーチ〉の二人で決めた作戦は、小坂リョウジさんの裏アカウントにDMを送り、真弥さんがそのアカウントをハッキング。彼をウソの誘い文句でおびき寄せて二人で会っているところを真弥さんに乗っ取った彼の裏アカでライブ配信してもらい、彼が本性を現したところでそのことを彼に暴露するというもの。よくTVのバラエティーでやっているドッキリ企画に近いかもしれない。 万が一のことを考えて、わたしは内田さんと真弥さんと連絡先と名刺を交換した。貢の携帯番号も教え、わたしの身に危険が迫った時には最終手段として彼に知らせてほしい、と内田さんにお願いした。 この作戦については話していないけど、調査については貢にも伝えてあった。調査料金として五十万円を支払ったことには、「そんな大金を払ったんですか!? 絢乃さん、金銭感覚バグってるでしょう絶対!」と呆れられた。わたし自身もそう思うけれど、彼を守るためなら一億円出したっていい。彼の存在は、決してお金には代えられないから。 顧問弁護士である唯ちゃんのお父さまにも、小坂さんを訴える準備をして頂いた。真弥さんにもらった調査内容はその証拠としてお預けした。ただ、正規ではない手段で手に入れた情報なので証拠能力がどうなのかは分からないけれど……。 ――そして、作戦決行の日が来た。 その日は土曜日で、貢には前もって「ちょっと用事があるから」とデートの予定を外してもらった。 内田さんの事務所を訪れてから決行日までの数日間、わたしの様子がおかしかったことは彼も気づいていたかもしれない。もしかしたら彼は、わたしの浮気を疑っていたかもしれないけれど、その心配なら皆無だ。内田さんには真弥さんという可愛い恋人がいるわけだし、わたしには貢しかいないのだ。 SNSでの誹謗中傷は、もうこのネタが飽きられていたのかパッタリ止んだ。その代わり、真弥さんが調べてくれた小坂さんのある情報が、Xで拡散されていった。彼はお付き合いしていた女性と破局するたびに、リベンジポルノを仕掛けていたらしいのだ。――これもまた、三人で練った作戦の一部だった。 普段よりちょっと露出度高めの服装をして、わたしは新宿駅前でターゲットを待ち構えた。少し離れた場所では、自撮りするフリをしてアウトカメラでスマホを構えた真弥さんと内田さんも待機していた。「――CM撮影の時以来かな